No.108
2008.07 秀作鑑賞



同人誌「ぽお」60号

行川 行人







北方に領土はありや蝉の殻

作者は「北方に領土はありや」と問いただして、第二次大戦後ロシアが 占領している歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島領土問題に思いを馳せている。
眼前に見えている「蝉の殻」からは、俳人特有の感情、虚無感が 伝わってくる。疑問形が不思議な世界、感情を広げてみせているようだ。



















水羊羹好きな男と五十年     山崎 佳子

一句の中に時間を上手に詠みこんでいる。「水羊羹好きな男」とはもちろんご主人のことを指すのだろう。
眼前に昭和一桁産まれの 男の姿が浮かぶ。同時にその男性と「五十年」も連れ添ってきた佳子さんの優しい貌が目に浮かんでくる。









夕蝉の何処からともなく満てり    三井 重子

この作者の作品八句を通して作者の家族、家のことなどに思いを馳せてみた。「夕蝉の」は、暮れてゆく景のなかに聴こえてくるものを 時間的な視点から、また、聴覚的な観点から捉えてる点に注目したい。
「何処からともなく満てり」は、 作者の現在の気持ちの現われ、感慨なのであろう。









  
六月の目覚め卵かけごはん    三浦 澄子

俳句作品をみていつも思うことのひとつが、「この言葉は本当に動かないか!」と疑問に思う私のクセがある。
たまたまこの作品に遭遇して「六月の花嫁」のように必然的に動かない言葉なのかとも考えるが、「六月の目覚め」には共感していると申しあげておく。 二句一章表現の「卵かけごはん」には感心している。


















俳句:大西 雅子



一句から遥かに遠い天の川    三浦ミヨ子

「天の川」からは有名な「荒海や佐渡に横たふ天の川 松尾芭蕉」の一句が思い浮かぶ。 都会に住むものには、佐渡ヶ島へ横たわる雄大な天の川は見ることができない。作者もおなじ感慨で「一句から遥かに遠い」と詠んだのであろう。







 
七夕の後の始末をしておりぬ     三浦 文子

非常に平明にさりげなく書かれているが、なかなか味のある作品である。 七夕祭りが終わったあと、昨日までの賑わいとは対照的な今日がある。
「昨日の延長は今日ではない」のことばが脳裏に浮かんでくる。 「後の始末をしておりぬ」は、私には真似のできない独特な安堵感が伝わってくるのが好ましい。







 
書:後谷 芳琴