北方に領土はありや蝉の殻 |
作者は「北方に領土はありや」と問いただして、第二次大戦後ロシアが
占領している歯舞、色丹、国後、択捉の北方四島領土問題に思いを馳せている。 眼前に見えている「蝉の殻」からは、俳人特有の感情、虚無感が
伝わってくる。疑問形が不思議な世界、感情を広げてみせているようだ。
水羊羹好きな男と五十年 山崎 佳子 |
一句の中に時間を上手に詠みこんでいる。「水羊羹好きな男」とはもちろんご主人のことを指すのだろう。 眼前に昭和一桁産まれの
男の姿が浮かぶ。同時にその男性と「五十年」も連れ添ってきた佳子さんの優しい貌が目に浮かんでくる。
夕蝉の何処からともなく満てり 三井 重子 |
この作者の作品八句を通して作者の家族、家のことなどに思いを馳せてみた。「夕蝉の」は、暮れてゆく景のなかに聴こえてくるものを
時間的な視点から、また、聴覚的な観点から捉えてる点に注目したい。 「何処からともなく満てり」は、
作者の現在の気持ちの現われ、感慨なのであろう。
六月の目覚め卵かけごはん 三浦 澄子 |
俳句作品をみていつも思うことのひとつが、「この言葉は本当に動かないか!」と疑問に思う私のクセがある。
たまたまこの作品に遭遇して「六月の花嫁」のように必然的に動かない言葉なのかとも考えるが、「六月の目覚め」には共感していると申しあげておく。
二句一章表現の「卵かけごはん」には感心している。

俳句:大西 雅子
一句から遥かに遠い天の川 三浦ミヨ子 |
「天の川」からは有名な「荒海や佐渡に横たふ天の川 松尾芭蕉」の一句が思い浮かぶ。
都会に住むものには、佐渡ヶ島へ横たわる雄大な天の川は見ることができない。作者もおなじ感慨で「一句から遥かに遠い」と詠んだのであろう。
七夕の後の始末をしておりぬ 三浦 文子 |
非常に平明にさりげなく書かれているが、なかなか味のある作品である。
七夕祭りが終わったあと、昨日までの賑わいとは対照的な今日がある。 「昨日の延長は今日ではない」のことばが脳裏に浮かんでくる。
「後の始末をしておりぬ」は、私には真似のできない独特な安堵感が伝わってくるのが好ましい。
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